戻る 次へ


 その点先染織物は最終商品です。本当の高付加価値商品の可能性が、この先染織物にありますし、すでに実績が有るのが、本場の信州紬といえます。
 新しく製品開発する時にネックとなるのが、糸単価とこのねん糸行程です。
織物業にとって現在の糸単価は、あまりにもリスクが大きすぎます。ねん糸行程は自家ねん糸の場合は問題ありませんが、他でという事になりますと、 あまりにもねん糸糸量が少量のため、家蚕の一俵六〇sを単位としているねん糸業では、ほとんどねん糸する事は不可能です。また、ねん糸した経験もほ とんどないと言って良いと思います。
 天蚕原糸があっても、天蚕ねん糸にならなければ、先染めの織物業は製品開発ができませんし、天蚕糸を使用する事もできない結果になります。
 ねん糸の工程は家蚕生糸の場合は、ぬらして糸処理するのが一番良いねん糸方法ですが、天蚕糸はむしろ逆です。ぬらせば収縮して扱いづらくなります。  原糸を乾いたまま糸繰して糸枠に巻き取り、乾いたままで合糸し、乾式でリング撚糸機で引き込みながら糸をねん糸するのが、一番良いと思います。撚 り回数は家蚕の二~三割り独自の方が良いようです。撚り止めは、蒸気むしでも良いと思いますが、私は熱湯に漬け込み、ぬれたまま大枠でのカセ揚げをし ます。そして、そのまま大枠で乾かし撚り止めします。
 糸なのに、ぬれれば縮む、家蚕とは全く糸質のちがう柞蚕糸に近い糸です。しかし、柞蚕糸は家蚕より安価ですが、天蚕糸は家蚕糸の数十倍、ねん糸行 程のロスが許されない気のぬけない仕事になります。

(ハ)糸の精錬
 糸精錬の場合、灰汁か酵素精錬が良いと思います。しかし、緑色は残らず、黄色がうすく残る程度です。そのうすい黄色と独自の光沢とで、光があたると うすい金色に美しく糸は輝きます。
 練り減りは約十六%程度。短時間で処理できる分だけ、毛羽立ちが少ない酵素精錬法を蚕業センターや織物家の方達にはすすめています。
 この三月に、東京農工大学の平尾銀蔵先生に緑色を残して輝きのある精錬法を試験していただくための資料をお渡ししましたので、その試験結果のお返事 が待たれます。もし、この精錬方法がうまくいけば、天蚕の美しい緑のイメージを生かした織物の開発がすすむと思います。

(ニ)製織について
 天蚕糸を一s使い、いろいろな使い方で精錬試験をしてくれました染織の友人、志賀松和子さんの報告では、伸びやすくて縮やすい事、糸ムラ、繰糸の時の 糸口の節やヒゲなど、注意すべき点が非常に多い糸ですが、非常に光沢の強い、軽い織物になりました。糸単価は非常に高いのですが、糸の崇高性のため、思 ったより糸量が必要ではありません。染色性も悪いですが、染色はできます。
 タテ糸が家蚕、ヨコ糸オール天蚕使いで試織しましたが、糸代と製織代を計算し、上代価格を計算した時、世間で言われている何百万の着物には決してなりません。