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しかし、貞享3年(1686年)の「諸国ひいながた」という小袖雛形本には、「ゆふぜんもよう」(友禅模様)の文字が残されている事から
、友禅染は「宮崎友禅」という一人の人物が完成させたのでなく、染料や染色技術の進歩によって生み出された新しい技法の染物が生まれたという説もあります。そして、衣類の染色を施す事が始まって
から「墨または青花で構図を描く事・糊置きをして色の堰止めを行なう事・筆で色を挿す・刺繍を施す・金銀砂粉や箔などを施す 等」などの技術の完成は、それぞれ時代が異なると言われています。こ
の方法とは別に、伊勢の白子町では早い時代から和紙を2枚~3枚柿渋で貼り合わせた型紙の材料が作られました。この型紙に模様を彫刻したものを用いた小紋染などの模様染が行われており、江戸時代に
は武士の裃・袴な どの染色に用いられていました。明治になり化学染料が染色に導入され化学染料と糊で色糊を作り、型紙によって友禅模様を写し染める「写し友禅染め」が廣瀬治助によって生まれ、
「型友禅」の基となっています。「型友禅」は、模様の輪郭を筒糊や楊子で糸目状に糊置きする事で、これまで手描き彩色する友禅染めに、写し友禅染めが加わり量産が可能になりました。本格的な手描
き友禅の場合、完成までに26もの工程を必要とする為、現在は型染めや捺染が主流となっています。 注:伝統技法による手描き友禅の製作は、「下絵描き・糸目糊・地入れ・色挿し・蒸し・伏せ糊置き・引き染め 等」という幾つもの工程が必要となります。 縫いした布地にツユクサの花弁から抽出した「青花」といい、水洗いすれば完全に落ちる青色の色素で模様の下描きをします。この下描き線に沿って、糸目糊を置きます。糸目糊とは、もち米を主材料と した糊を、渋紙で作り、口金を付けた細い筒の先から絞り出して線を描くことで模様を区切り、染料が隣の区画に流れ出さないようにすします。「地入れ」とは、布海苔と豆汁(ごじる)を混ぜたものを 布面に塗って、染料の定着を良くし、色のにじみを防止する作業です。その後、色挿しといって、模様に染料で色付けをします。「色挿し」した布を高温で蒸した後、今度は「伏せ糊」といって、さきほ ど色挿しした模様面に糊を置きます。これは、後ほど地の部分を染める際に模様部分を防染するためです。地色は以上の作業が終わった後、刷毛で「引き染め」します。生地は、江戸時代中期になると、 綸子地に替わり友禅染に適した縮緬地が多く用いられる様になります。 茶屋染 元禄時代に徳川家の御用達商人であった「茶屋四朗次郎」が、文様の際に糊を置いて染色する「糊防染」の技法を生み出し、精細な文様表現が可能となり「茶屋染」と呼ぶようになりました。上質の苧麻布に藍の 濃淡だけで花鳥や山水など風景の細かい文様を染め上げたもので、白抜きにする部分には表裏両面から糊を置いて防染し、藍に浸して染めます。美しく繊細な文様染めですが、藍基調で使用できる色数は限られ ていました。(わずかに薄き色や繍を施したものもある) |