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京黒紋付染(きょうくろもんつきぞめ )


黒染の歴史は大変古く、10世紀と言われています。黒紋付染として確立したのは、17世紀の初めと言われています。江戸時代の中期以後は、藍等で下染した「びんろうじ染」が中心となり、武士階級で黒紋付が愛用されるようになりました。明治時代に入ると、紋付羽織袴が国民の礼服に制定された事でさらに広まって行きます。 この時代に、イギリスの染色技術が入り、フランスやドイツの染色が研究された事から、手間のかかる「びんろうじ染」から現在の黒浸染(くろしんせん)と、「三度黒(さんどぐろ)」及び「黒染料(くろせんり ょう)」の2つの技法による黒引染(くろひきぞめ)が確立して行きます。
生地は絹織物を使用します。化学染料を用いても、深みや微妙な味のある黒色を出す為に紅または藍等の下染も行います。紋章上絵付けは、手描きの場合と型紙による型刷りが有ります。 白生地を引っ張って木枠 にかけ、蒸気で幅出しをし、反物のまま、紋章の部分が染まらないよう糊を置いて防染し、「浸染」もしくは「引染」をします。「浸染」は、紅か藍で下染してから黒染料に浸す方法を用います。「引染」は、刷毛 による染め技法で、紅か藍の下染後、黒染料を塗ります。また、植物性染料と媒染(ばいせん)染料をそれぞれ2回以上塗るのが「三度黒」と呼びます。紋章上絵は、最後の工程で描かれます。

京繍い(きょうぬい)

日本での刺繍の歴史は、飛鳥時代からと言われています。この時代の特徴は、仏画を刺繍で表現した掛け物である繍仏です。
仏画を刺繍が、平安建都に伴い繍技の職人をかかえる縫部司が京都に置かれ、衣服の装飾に用いられ始めた事が「京繍い」の起源と言われています。京繍は、十二単(平安時代)・武将の胴服(鎌倉時代)・能衣装(室町時代)と用いられ、 華麗な文化が特徴の安土・桃山時代には小袖に多用され、さらに発達しました。この動きは、江戸時代まで続いて行きます。明治時代以降は、ふくさ・壁掛け・「刺繍絵画」などの作品が現われた事で、新しい需要が開拓されて行きます。 京繍の技法は、現在、約30種類があり、伝統的工芸品として指定されているのは、繍切り、駒使い繍、まつい繍など15種類あります。絹糸や金糸を使い、約30種類の技法を用いて、和装品から祭礼用品・額にいたるまで幅広い製品に施され た刺繍は、華麗で雅びやかな平安の香りを今日に伝えています。

注 刺繍とは
一本の針と多色の糸を使って布地などに模様を縫い表す装飾技法で、「染・織」と共に日本の染織史上重要な位置を占めています。染めた着物や織物に刺繍が加わり、一層華やかさが増します。絹織物や麻織物に絹糸・金銀糸を用いて、磨 き抜かれた意匠と高度な技術によって製作される京繍は、全体の構図、繍糸の配色、繍技・繍法、これらが一体となって刺繍独自の表現が可能になり、趣あふれた作品となります。