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 亜麻について

亜麻は、亜麻科の一年草です。英語では、Flax・ Linen( Flaxは原料段階での呼称・Linenは糸から後の工程を行う)・フランス語では、ラン( Lin)・イタリア語では、リノ( Lino)・ドイツ語では、ライネン( Lainen)と呼ばれるそうです。
原産は、コーカサスから中近東と言われています。紀元前一万年前の遺跡から亜麻の栽培軌跡が発掘され、人類が使用した最も古い繊維素材の1つと言われています。 また、旧約聖書の中には数十箇所の亜麻に関する記述があり、約4000年前に亜麻の栽培と衣料としての使用が裏付けされています。また、ヨーロッパが主な生産地であり、 「リネン分化」と呼ばれる時代が有りました。現在では、栽培の中心は中国・ロシア・東欧 等に集中しています。亜麻は、亜寒帯に適した栽培植物であり、比較的寒い地方 で湿気が多く、排水の良い土壌で良質の繊維用亜麻が育ちます。そして、生育期には月平均60〜80mmの降雨があること、収穫時期には雨の少ないことが好条件といえます。
日本では、明治時代に、北海道での屯田兵の授産事業として大麻の栽培製麻が発展し、これを引き継ぎ栽培製麻紡績が発展しました。この背景には、軍需物資として の生産要求と国費の援助が大きな役割を果たしたと言われています。しかし、戦後から昭和30年頃には大きく衰退し、昭和35年には壊滅状態になりました。そして、潤紡 での生産方法も昭和60年には設備が無くなり、全面的に輸入に頼っています。
注:リネン文化
ホームリネン(シーツ・ピロケース・パジャマ・バスタオルなど)・テーブルリネン(テーブルクロス・ナプキンなど)を表します。

―参考資料―
「日本の亜麻繊維の歴史」
ヨーロッパにおいては、木綿が定着する大航海時代までは繊維といえば亜麻のことで、糸や線を意味するラインという言葉の語源は、亜麻(リニウム)と言われ、 食用(アマニオイル 等)にも使用されています。日本では、茎から繊維を採取し、北海道が亜麻の栽培地でした。そして、北海道開拓使により現在の札幌市東区に設置した 官営亜麻工場が、日本での亜麻事業の始まりとなります。
(明治4年)
北海道開拓史のトーマス・アンチセルが、黒田清隆に亜麻の栽培を勧め、世界各地から亜麻種子を取り寄せ、官園で試験栽培させた事が始まりとされています。
(明治14年)
榎本武揚(ロシア特命全権公使)が、繊維を採るノウハウを伝え、機械を模造し北海道第一号リネンを誕生させました。
(明治20年) 北海道庁の働きかけで、亜麻繊維製造会社(北海道製麻)が札幌に誕生し、北海道の主要作物として亜麻が作付けされていきます。亜麻布は薄くて丈夫な事から、日露・日清戦 争・第一次・第二次世界大戦へと突入する過程において亜麻の需要も増えていきました。 (昭和42年) 第二次世界大戦が終了し、科学技術が目覚しく発達し、化学繊維が台頭し、昭和42年以降に亜麻は姿を消して行きます。